北鎌より槍(2005年夏、仲間と2人で)

藤野孝人


<やっと見えた!大槍、小槍>

8月13日:早朝より、前日の雨でしっかり濡れた合戦尾根を登る。燕岳より、時おり小雨に降られながら大天井岳に向う。この日は天上沢の河原泊まりの予定であったが、また いつ雨になるかわからず、大天井岳経由の大天井ヒュッテ泊まりと決める。大天井ヒュッテに着くと、北鎌尾根を登る男性二人組が、小屋の方に雨が降ったときの天上沢の様子を 聞いている。「大雨が降ると河原のテン場は、沢の中になる。渡渉もできない。」とのこと。ここで宿泊することにしている我々が、濡れた雨具を干してビールで乾杯していると、二人組は、悩みに悩んで出発した。

14日:夜中トイレに起きると満天の星空。「よし、いけるぞ!」と気分よく眠る。3時半起床。まだ暗い小屋の前で準備体操。はや、出発していくパーティもあるが、我々はしっかり身体をほぐす。「貧乏沢の下りは捻挫が多い」とは昨夜の小屋の話。無事に降りたいものだ。15分で貧乏沢の出会いに着く。これより一気に標高差900mを下る。赤テープなどは何もない。ガラガラ石の踏み跡のみが頼りである。ようやく降り立った天上沢の出会い。先行組に追い着くが、彼らが出発するのを見送って二度目の朝食。「増水するとテン場は沢の中になる」ことを実感する。天上沢を少し行くと北鎌沢。見上げると、ほぼ真っ直ぐに北鎌尾根に突き上げている。今度は標高差900mを登り返さなければならない。最後の水場 付近でビバークに備え、二人で6Lの水を補給する。ようやく北鎌尾根のコルに到着。三度目の朝食で残りの御飯を食べる。 いよいよこれからが本番。独標の下を巻くように進むと、チムニーがあった。ここが独標の取り付きだ。チムニーは5mほどでV級程度、乾いていれば楽勝だが濡れていて実にいやらしい。これを15kgほどのザックをかついだまま、よじ登る。ここはロープを出すべきであった。滑ると多分、千丈沢まで滑落である。チム二―の上で明確な踏み跡を見送って、かすかな踏み跡を追う。これが正解。ドンピシャ!と独標に出た。標高2,899m堂々たる岩山である。

これより、稜線伝いに行く。左の遥か眼下は天上沢、右の遥か眼下は千丈沢。行き詰まるとどちらかに巻く。踏み跡が乱れている箇所があり、ルートを見極める眼が要求される。しかし、ガスで視界が利かず、毎度は思うようにはいかない。この日の最後は、間違った巻き道に入ってしまった。戻るのにロープを出して、ずいぶんと時間を食ってしまった。風も強くなりまた雨の気配。時間的にも遅くビバークを決断する。風は稜線の千丈沢側は強く、天上沢側は弱い。天上沢側で適当な場所はないか? と付近一帯を見渡す。間違い巻き道のガレた岩陰と決める。ここなら落石を避けられそうだ。場所を広げようと付近の石を敷こうとするが、ガラガラと落ちて行き思うようには広がらない。ツェルトを取り出し たところで、雨がザアッと降りだした。二人で急いでツェルトを被る。しばらくすると小降りとなった。この機に外に出てポールを立て、ようやくテント風に張り終えるが、ツェルトの幅の1/4は崖からはみ出している。しかし、ツェルト一枚で大いに助かる。ヘルメットは被ったまま、靴も紐を緩めて履いたまま、ハーネスも少し緩めてつけたままである。シュリンゲでビレーをとり、コンロを点ける。乏しい夕食だが、火は元気の元だ。食後、交代で横になる。

15日:風雨は一晩中続き、近くで落石もあったが、長い夜は無事明けた。まだ小雨が降 ったり止んだりである。ゆっくり朝食を食べていると、外に人の声。出てみると後続の二人組が、ルートを探している。人の姿を見ると勇気百倍! 急いで出発の準備をする。パッキングを終えるころには、二人組の姿は見えなくなったが「ヤッホー!」と叫ぶと、遠くより「ヤッホー!」の返事。ヨシッ!!と後を追う。またまた、ちょっとした岩場に出た。乾いていればなんともないが、しっかり濡れているのでいやらしい箇所がある。ロープを出そうと支度をしていると、後ろから新たな若い二人組がやってきた。トップは岩に自信がある様子で、かまわずどんどん登っていく。しかし、荒っぽく、ものすごい落石を誘発していく。セカンドは膝も使って精一杯!やはり落石を誘発していく。彼らが登りきるまでしばらく安全地帯で待機する。我々は、やさしくそっと登っていく。これを登ると、北鎌平であった。

槍ヶ岳のピークがガスの中にうっすらと見えた。先ほどの若い二人組はテントを張っていた。「濡れていると、山頂直下の岩場は、登れないと思うので、今日はここに泊まって明朝アタックします」とのこと。我々は躊躇なく行くことにする。大きな岩が積み重なっている。やがて山頂直下の核心のチムニーがある岩場に到着。このチムニーの右の垂壁を登ることにする。しっかり濡れて滑りそうだ。まずは空身で登る。最初の2 mほどが核心。左足のスタンスは斜めで、登山靴では苦しいがこの滑りそうな足に全神経を集中させる。グッと踏ん張って膝を伸ばすと、ガバがつかめた。後はホールド、スタンスともに大きい。登りきって岩の出っ張りにシュリンゲを掛けて、ビレイする。まずはザックを引き上げ、次いでセカンドを確保する。これでクリアー。後は、やさしい岩でルンルンである。見上げると山頂に若い人たちがこちらを覗いている。「ワアー!スゲエ!」の声。後少し! 祠も見えた! 振り返って「山頂だよ!」とパートナーに! ようやく、登頂! パートナーとしっかり握手! 時に8月15日12時50分。ずいぶんと時間がかかってしまった。しかし、無事登頂できたのが、何よりうれしい。

肩の小屋で「うどん」を食べ、大休憩。とにかく風呂に入りたい!ドンドン下って槍沢ロッジ着。ここで横尾山荘に宿泊依頼の電話を入れる。またまた雨に打たれながら横尾に向かう。18時、横尾に到着。横尾山荘の風呂は気持ちがよい。広い浴槽で、ゆっくり両手両足を伸ばして、充実した山行の余韻に深く浸った。

16日:上高地でバスを待っていると、見覚えのあるTシャツ姿。声を掛けると、13日大天井ヒュッテで小屋の方に雨が降ったときの天上沢の様子を尋ねていた二人組であった。話をすると、貧乏沢を下って天上沢にテントを張った。独標は知らないうちに巻いてしまった、北鎌平でもテントを張った。ここはものすごい風雨であったなどと聞く。我々が独標を踏んだと知ると「じゃーもう一度行かなくちゃ」。
北鎌尾根は、「登山とは」を思い知らされる山行であった。

 


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