チンネ左稜線登攀〜北方稜線〜剣岳/2006年8月,ガイド山行

藤野孝人


(右がチンネ、左はクレオパトラニードル)

この夏は、仲間4名と真砂沢にテントを二張り設置し、これをベースとして、「源次郎尾根より剣岳」、「八ツ峰」などをやろうと計画していたところ、知り合いのガイドさんが、お客のMさんと「チンネ左稜線」に行くという。あこがれのチンネと聞いて、早速、仲間のTさんを誘ってこれに参加させて頂く。その結果、大それた計画となった。即ち、8月3日=先発のチンネ組はテント1を担いで剣沢に入り、小屋泊まり。4日=長次郎谷の出合にメインザックをデボ。長次郎谷よりチンネを登攀し、帰路長次郎谷を下ってメインザックを回収、真砂沢にて後発組の2名と合流し、ベースを設営。翌日から源次郎や、八ツ峰をやろうという、とんでもない計画である。

50mロープ2本、テント、登攀具一式などを入れたザックは、31kgにもなった。ガイドさんの予定では3日、正午頃扇沢を発って、夕方、剣沢小屋着の予定であるが、重荷では無理と思い、ひとり前夜発とした。扇沢を8:00のトロリーバスに乗り、室道9:40スタート。予想通り雷鳥坂の登りの半ばで足にきた。荷をアタック用のザックとメインザックに分け、別山乗越まで二度登る。15:30剣沢小屋に到着。テラスでビールを片手に、至福のひとときを過ごす。

4日、3:00、剣沢小屋を出発。ガイドさんとMさんは小さなザック。Tさんのザックは19Kg、真っ暗なゴロゴロした道をヘッドライトを頼りに下り、剣沢雪渓の前でアイゼンを装着。私は短靴に6本爪、Tさんは登山靴に12爪。長次郎の出合に着くころは明るくなった。出合にてメインザックより、既にロープや登攀具が入ったアタックザックを取り出す。二人のメインザックはデボする。

これより長次郎谷の雪渓を登る。右に八ツ峰、左に源次郎尾根、上部に熊の岩を見ながら、もくもくと登る。熊の岩付近から傾斜が強くなり、ピッケルを手にする。後の2名が遅れ、再三待つ。右俣の上部の雪渓はズタズタで、とても悪い。クレバスを避けながら登るが、最後はシュルンドに降りて岩の基部を登ったり、雪のトンネルをこぐったりしていく。岩から上の雪渓に登り返して、8:00、ようやく「池の谷乗越」に到着。予定ではチンネの取り付きの時間だ。「今年は残雪が多」を実感する。雪渓はここまである。反対側の池の谷ガリーはまったく雪がない。アイゼンを外して下る。まるで落石の巣だ。「ラク!ラク!!」の大声が飛び交う。

三の窓にてチンネを見上げながらハーネスを装着。左稜線の上の方に、白いヘルメットがキラッと光る。先行パーティだ。再びアイゼンを着けピッケルを手に雪渓をトラバース。渡りだして間もなくTさんが「アッ!」と滑った。思わず、「止めろ!!」「ピッケル!!」と叫ぶ。ピッケルが決まり、5−6mほどで止まった。意外と長いトラバースを終えて、チンネ左稜線の取り付きに到着。ロープは3本。結び合って、シューズを履き替え、山靴とアイゼンはザックの中に、いよいよ登攀。10:00、まずはガイドさんがダブルロープで登り出す。ガイドさんとよく一緒に登っているMさんがビレーする。W級、岩は意外と立っている。間もなく、ロープが上がり、「OKいいよ!!」の声。Mさんが「行きます!」と登りはじめる。次いで数mおいて、3本目のロープを引きながら私が「行きます!」と登る。ホールド、スタンスともバッチリある。ビレー点に到着しセルフビレイを取ると、ガイドさんが次のピッチを登りだす。私はTさんを確保して、Tさんが登る。しかしながら時間短縮のため、3ピッチ目より、ダブルロープで登攀する。1本のロープはMさん、他の1本のロープにTさんと私。私が末端を結び、その手前4mほどのところに枝を出してTさんに結ぶ。この方が速い。あまったロープは私のザックへ。

左稜線は長い、何ピッチ登攀したか分からなくなる頃、広いテラスのT5に到着。この上が9ピッチ目で核心のX級のハング越えだ。「いいよ!!」の声を聞いて、セカンドのTさんが登りだす。一、二歩登ったところでストップした、「??」と思ったら落ちた。既にセルフビレイを外していたTさんに、ボンッ!と、ぶつかった。思わず二人を押さえる。二度目はスムーズに行った。Tさんが続き、いよいよ私の番だ。エイ、エイ、ハーハー、と夢中で行く。ハーケンは豊富だ。核心部は躊躇無くA0で登った。これを越えると後はやさしい。14:00、チンネの頭に到着。全13ピッチ4時間の登攀であった。全員でガッチリ握手。

靴を履き替え歩いて池の谷に下る。池の谷乗越まで登り返すが、距離は短い。予定では、私とTさんはここでガイドさんと分かれ、長次郎谷を下ることにしていたが、雪渓の状態が悪いためこれを断念、ガイドさんとともに本峰を通って、剣沢に下ることにする。予定の真砂沢までは無理だ。後発組に無線を入れ、剣沢にテントを張ってもらうことにした。
Mさんの疲労が激しくしばしば休む。Mさんのロープは、ガイドさんが担ぎ、ゆっくりと登る。北方稜線は踏み跡のみだ。16:00、剣岳の頂上に到着。これより一般コースだが、ガイドさん以外はペースが遅い。特にMさんはしばしば座り込んで更に遅い。18:00前剣到着。ここでガイドさんは先行して剣沢に向かう。残った3名は19:00一服剣に到着。眼下に剣沢が見える。無線を入れライトを回すと、テン場の仲間もライトを回してこれに応えてくれる。
日が暮れた。真っ暗の中ヘッドライトを頼りに、電気が満開の営業していない剣山荘を目指してゆっくり下る。20:00ようやく建て替え中の剣山荘の前に到着。沢の水を一気に500CC飲む。水は剣岳を下りだして間もなく無くなっていたため、グッと元気が出た。休憩後、剣沢方面に向かうが、Mさんはもう歩けない様子。剣山荘に宿泊をお願いすることにして、戻る。入り口が分からず、窓から宿泊をお願いする。親切に快く泊めていただけた。20:30靴を脱ぐ。謝。剣沢の仲間と剣沢小屋のガイドさんには、無線と電話で連絡を入れる。

翌朝、5:00に目覚める。身体は元気で異常はない。外を見ると、ピーカン!! 意欲が湧き上がった。無線でこれから「Y峰Cフェイスをやろう!」と伝える。しかし、Tさんは「ゆっくりして、後でザックのみ回収に行きたい」とのこと。無理も無い。小屋の奥さんに御礼を言って代金を払い、今朝下山するMさんとともに小屋を出る。剣沢のテン場に着くや否や、待っていた仲間2名とともに朝食をいただく。テントを覗くと、ビールのロング缶が一本。「昨夜、着いたら飲みたいだろうと思って」と、ありがたいお言葉。謝。 
剣沢小屋にいるガイドさんに挨拶をして出発。長次郎谷の出合にてメインザックより、ヌンチャク、シュリンゲのみ補給。長次郎谷を登りはじめるが、ピッチは上がらない。ようやく、Y峰Cフェイスの前に到着。登攀の準備をして時間を確認すると、何と11:30!! 登攀するには時間不足だ。せめて1ピッチと思ったが、1ピッチ目は35m。ロープは50m一本しかもってこなかった。懸垂下降もできない。ポカである。戻ることにした

17:00、テン場に帰着。新たにテントを張って二張りとする。この夜は仲間4名で、たらふく食べてたらふく飲んでしゃべった。話題はつきない。チンネを登攀するには、剣沢小屋からも真砂沢ロッジからも遠い。今回は結果として、剣沢〜長次郎谷〜チンネ左稜線登攀〜北方稜線〜剣岳〜別山尾根・剣山荘前、17時間であった。体力の限界を試される貴重な経験となった。

 


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