◆上高地の奥座敷・六百山(2007年8月) 大塚忠彦

              
         (右奥、雲の下が六百山。中央の沢が中畠沢、左の岩山はマイナーピーク)

 上高地の河童橋から裏山を見上げると、すぐ左に丸い岩山のマイナーピークが見えるであろう。タコ入道のような
特異な形をしているので、目を引く。その稜線を右手に追い上げてゆくと、頂上直下が岩壁になっているピラミッドが
見える。これが六百山(2450m)である。上高地温泉ホテル前から眺めると、更に稜線はパタゴニアの岩山のような
特異な形の三本槍から霞沢岳へと繋がっている。「六百山」とは変わった名前であるが、モノの本によれば、上高地
近辺は江戸時代の木材産出地になっていて、六百山からは600玉(ホダ)ほどの木材が産出されたことに由来して
いるらしい。木材を切り出せるような場所とはとても思えないが、築城と都市形成に莫大な木材を必要とした当時、
日本全国の山が禿山になってしまったというから、このような辺鄙な場所にも樵が入っていたのであろう。

 前日夕方、河童橋のベンチで缶ビールを飲みながら、この山の尾根筋・沢筋のあれこれを仔細に眺め上げてルート
を確認し、翌朝、河童橋袂の五千尺ホテル横の公衆便所裏から入山した。真夏のこととて、早朝からバスで上がって
来た オバハン観光客で便所は行列、ガチャをブラ下げてホテルの裏に回りこむのは如何にもコソ泥みたいで些か格好
が悪く、逃げるようにヤブの中に走りこんだ。

  上高地メインストリートの直ぐ上であるのに、この辺りは早くも深山の気配。名前は知らないがしきりに鳥が鳴いてい
る。前日登山センターに登山届を出した際、六百沢に熊が現われたらしいから注意するようにと言われ、今回は単独
だから熊に喰われては如何ともしがたいので、熊鈴を買い求めた。この鈴が歩くたびにリンリンと鳴って喧しい。トレー
スは無いので大体の見当を付けた方向に木の根に掴まりながら登る。展望が全く無い沢筋であるので、昨日見等を
つけておいたルートどうりかどうか些か怪しくなってきたが、マア、ままよ、どうせ登山道などは全く無いのだから、どこ
をどう登ってもいずれは上に着くワイと度胸を決める。

 この山は上高地の直ぐの裏山でありながら、殆ど登る人も無い山だからガイドブックなどにも全く記載が無い。30年
前のガイドブックが唯一である。これによると中畠沢右股をそのまま詰め上げて、六百山の頂上から西側に落ちている
支尾根に取り付いたらしい。「らしい」と書いたのはガイドブック自体の記述がロストポジションと告白しているからであり、
ことほど左様に人気(ひとけ)が全く無い山なのである。今回もそのルートどうりに登らんとしたが、中畠沢右股は「夏草や
武士どもが夢の跡」の態で、蕗のような丈の高い草が一面涸れ沢を埋めていて、これを漕ぐのも厄介であるし、万が一
その中に遭難者の白骨死体なぞが隠れていたりしたらと思うと、恐怖で御叱呼をチビリそうになった。仕方ない、そそり
立ってはいるが、ナントカ攀じれそうな小尾根に取り付いた。猛烈なシャクナゲのヤブを漕いだ。処々に岩壁が立ち塞が
っていて、巖根に掴まったり、大きな浮石をゴマカシつつ攀じ登ったが、悲しいかな単独なので緊張の連続だった。
両側が切り立つた細尾根の馬の背状を越えると、コルのような場所に出てホっと一息。ここからは眼下に上高地の箱庭
が見渡せた。バスの音や拡声器の音も聞こえて来る。河童橋を歩いている人が蟻のように見えた。目の前は明神岳の
嶬峩たる山巓。マア、急ぐ旅ではないし誰に気兼ねも要らないので、ゆっくりと紫煙を燻らせて景色を楽しんだ。上高地
からちょっと入っただけの裏山でありながら、屹立った尾根と沢が複雑に絡まり合って、深山幽谷の趣が深い。いかにも
熊が出そう。

 この辺りから上は植生が変化して、シャクナゲの代わりにハイマツが優勢になってきた。細い馬の背にもハイマツが密生
しているから、ハイマツのヤブを漕ぐというよりも、左右の絶壁に振り落とされないようにハイマツの枝に掴まってハイマツの
上を泳いだが、これには神経を使った。怖くて怖くて、またまた御叱呼をチビッてしまった。ザックのタッセがハイマツの枝に
引っ掛かり、タッセに入れていたペットボトルが音も無く奈落の底に落下して行った。もうタマらん。一刻も早くこんな悪場を
逃げ出したい。しかし、この凶悪な尾根を引き返えしたくはない。懸垂下降するにも支点に耐えるほどのハイマツが無い。
頂上を越えた向こう側には表六百沢という小さい沢が帝国ホテルの奥に落ちていて、ここなら何とか比較的容易に降りられ
そうだ。それに、ここで引き返したとなると、口が悪い岳友共に「奴は口は達者だけど、実力はイマイチなんスよ」などと何を
言われるか分かったものではないから、御叱呼を洩らしながらも必死の思いで再び攀じ始めた。しかし、頂上直下の垂壁に
ぶつかって万事休す。一旦、右下の中畠沢に懸垂下降で降りてから、隣の小尾根のハイマツ帯を攀じれば何とかなるよう
にも思えるが、懸垂ロープが下まで届きそうにない。

 もはや如何様な術も無し。戻るしかない。緊張で口の中がカラカラになってきた。心を落ち着かせるためにタバコに火を付
けてみたが、全然美味くない。吐き気がしてきた。降りるにしてもさっきのハイマツ遊泳地帯をどうやって下ればよいのだ?
頭が真っ白になってきた。これはイケナイ。助けて頂戴、オカアチャン!!
ふと足元を見ると、腐り果てたシュリンゲが1本ハイマツの根元に残置してあった。先人もここで退却したのであろうか。
 苦労して懸垂下降の支点をハイマツの根に作り、おそるおそる退却開始。結局20回ほどの懸垂下降を繰り返して
やっと一応の安全地帯まで逃げ帰った。独りで懸垂ロープを引いて回収し、再び懸垂支点を作ってブラ下がる作業を繰り返
していると、単純作業であるだけにロープ操作の間違いもあるかも知れず、いちいち声に出しての指差確認にウンザリして
きて、ヤルセなく、セツなく、カナシく、涙がチョチョ切れてきた。3時間ほどの悪戦苦闘の末、上高地の雑踏の中に降りた時
には、ヘナヘナと座り込んでしまった。

 六百山は予想どおりの素晴らしい山であった。標高1,900メートル辺りの尾根の狭いコルにでも野宿をして一夜を過ごせ
ば、それはもう仙人の世界ではあるまいか。或いは獣になった気がするのではあるまいか。

 


個人山行報告目次へ     HOMEへ