◆初体験! 雪中沢登り  杉坂千賀子
     〜奥日光・足尾の晩秋 渋い山旅〜  

 
            (笹原)                     (プレートと筆者)

〔日程〕2008年11月1日(土)〜3日(月)
〔メンバ−〕杉坂ほか4名
〔ル−ト〕奥日光 柳沢川右俣〜錫ケ岳(すずがたけ=2388m)〜宿堂坊山(しゅくどうぼうざん=1968m)
      〜三俣山(みつまたやま=1980m)〜松木沢下降〜松木渓谷〜わたらせ渓谷鉄道間藤駅
(当初の計画は錫ケ岳ではなく、皇海山ピストンだった)

 11月連休はどこか渋いところへ行きたい・・とつらつら思っていたところ〈柳沢川〉の誘いを受けた。
常々行きたいところだったので嬉しかったが、日にちが近くなるにつれ気温は下がり、「沢か・・しかも11月
の奥日光か・・」とじわじわとびびりが入る。というか、この季節に、前後に沢の登下降が入り、中間は稜線
(しかも長い)とあっては、どのように装備を整えればいいのか大変悩んだ。直前1週間は電車に乗ってい
ても、歩いていても各シーンと起こるべきアクシデント(こけて沢に落ちて全身濡れるとか、凍った沢ですっ転
ぶとか)を想像し尽くして、すでにぐったりしていた。しかも同行4名は名にし負う西朋登高会の精鋭たちで、
そのプレッシャーも大きかった。とどのつまり軽量化が必須なのである。悩む私と並行してメンバー間のメー
ルでも装備についての議論はかまびすしく、結局、「装備判断各自!」と相成る。
  そして私は・・下はネオプレーンの最強の(早春の釣り師がはくようなもの)に、上は毛のアンダーにこれ
またネオプレーンという訳の分からないいでたち。他の持参装備はヘルメットにアイゼンにピッケル。他の方
々はヘルメットとアイゼンは割愛されていた。
 前置きが長くなったがいま思うと、すでにこの事前の想定準備?でほぼ山行の8割は終わっていたような
気がする。

○11月1日(土)
 東武浅草駅を出発し、いろは坂の渋滞はまったくなかった。西湖入口で下車し、林道を行く。にわか雨など
もあったが晴天のなか、黄金色の唐松に晩秋を感じながら歩いていた。25000図上で林道が終わったような
以降も川の右岸を歩ける。途中宿堂坊山へ行けそうな尾根を確認する。この先には赤岩沢に赤岩滝というの
があり、観光的場所になっており、そこまでは沢を行かずとも踏み跡があるということだった。よく記録には赤
岩滝の前で写真を撮っているのをみたが、別に登るわけでもない滝にはあまり興味はなかった。というか時
間のこともあるし、止まるとうすら寒いし、早く先に行きたかったというのが本音かもしれない。

 赤岩沢の出会いで入渓準備をする。水はくるぶしちょっと上くらいだが結構冷たい。この沢はナメで気持ち
よいのは知っていたし、そのとおりなのだが、なにしろ冷たくてそんなに気持ちが開放的にはならない。
しかもいつもと違ってネオプレーンの沢靴下にもう一枚(そんな効果あるわけないのに)薄いウールの靴下を
はいていて、靴がきつくて血行も悪くなっているみたい。目論見違いに内心舌打ちをしながらなるべく足を濡
らさないように歩く。
 ほどよい小滝をあがるがあんまり記憶にないほどだ。と正面に3mほどの滝があり二俣になっており、いず
れを行くかの検討委員会になる。意見は二つに分かれ、コンパスなどをふったりするが、沢身の選択ミスは
痛いことになるので足をとめて議論となる。結果・・岳人の記録が決め手になり、左に進路をとる。よくみると
30mはある滝が出てきている。結局は正しかったが、私の意見は間違っていたのでがっかりしていると、ま
あ、この人数でさほど徹底した検証でもなかっただろう、と慰められる。その滝が一応この沢でのハイライトと
なろうが、右岸の滝手前のルンゼから上部にあがり、落ち口まで笹のトラバースとなる。ルンゼはこの日最
初の急登でふくらはぎにくる。そして・・落ち口に降り立ってそこを見上げると・・針葉樹には雪がうっすらと積
もり、クリスマスのようになっているではないか!がーん、ついにきたかー。まるでナルニア国の冬に迷い込
んだようだ。一瞬もしや帰るとか?と思ったが、さすが・・そんな意見は全く出ない。「自分のパーティーだった
ら、そのまま同沢下降もありだなあ」と行動食を食べながら考える。トイレに行くため藪にはいったら、気をつ
けていたのに雪まみれになってしまった。

 そこからはまあ、慎重にだが思ったほど滑らない。が、沢靴で雪がシャーベット状になりそして団子になって
いた。うーん、恐るべしはかつて経験のある「凍瘡」だな。寒冷下の足の神経障害である。昔GWに水浸しの
プラ靴で上越を縦走し、帰宅して歩けないほど足が腫れてしまったことがある。あれになると痛くて立つことさ
えできなくなるのだ。濡れと冷えの二重奏で発生するし、くせになるともいうから恐怖だった。
 が、間もなく、雪のなかに水が消えるころ右岸に広がりのある空間が飛び出す。伏流になっているかも、と
の声もあったが既に16時近いことと風も強かったので幕となる。よかった・・。
 当然のように薪拾いだ。雪の積もっている中だが、何度かのトライで盛大な焚き火となった。この火がなか
ったら、かなり体は冷えたままだった。夕食もトン汁でほんとによかった。焚き火はよかったけど、「ああー、
雪はこんなにあるし、明日はどうなるのかなあ」とぼんやりと考えつつその夜は更けた。
   <西湖入口歩き始め 10:27  大滝30m上15:07 テン場(1965m)15:49>

○11月2日(日)
 晴れた。昨日夕刻の薄暗い中に見た雪はふわふわで、いかにも新雪というかんじで積もっている。昨夜、
当初の予定では皇海山を予定していたが、2日目にその手前の三境平に届かないかもしれない、ということ
になり、ならば〈錫ケ岳〉は行くこともなかなかないだろう、ということで皇海山ではなく錫ケ岳をピストンする
ことにしていた。柳沢川を詰めると、はたして水はもう出てこなかった。薄く積もった雪を踏みわける。笹と雪
で結構滑るのでピッケルも登場。ほどなく稜線に到着し、錫ケ岳へのピストンにでかける。そこから稜線は
刈り払いはされていないのだが、これでもか、とうほどに四角い赤いプレートが木に打ってある。よくもこんな
にたくさんのプレートを打ったものだ。プレートが少しでも見えなくなったら、それは即道を外したとわかる。

 錫ケ岳は地味な山頂だった。そこからの白錫尾根は、そそられる雰囲気で続いていたが、今日はここまで
だ。中禅寺湖がほんとうに大きく見える。日光を上から覗き込むとはあまりできない経験かもしれない。
 荷物のデポ地に戻り、さあ、長い縦走だ。笹の下に横たわる丸木などに足を取られたり、向こうずねを打っ
たりだが、地図読みをするということもほとんどなく、足尾の山を眺めつつの山旅だ。天気も良く気温も上がり、
標高がさほど高くないせいもあろうが、雪はすっかり無くなっている。ネギト沢のコルを経て〈宿堂坊山〉までも
笹の中だ。山岳信仰のなごりをその名に残し、このあたりは宿坊のようなものがあったようだ。ネギト沢という
そのネギというのも「禰宜」に由来しているそうだ。宿堂坊山はその名は知っていて、渋いその山の名前にず
っと憧れていたので地味なピークがうれしかった。ここから見ても東側の尾根、使えそうな感じ。
  三境平までゆかないとすると水が問題だった。今日の宿りを〈三俣山〉と決めているのでどこかで水を調達
する必要があった。そして宿堂坊山の先にあたりをつけて下り、水をくむことにする。力ある男子2名が共同装
備を出して下り、他のものはそれを持って先行することになった。その先のコルで小さな水場の木札が打って
あって、こちらから下ったほうが近かったのか?いずれにしろ6リットルもの水を背負った彼らには三俣山の登
りで追いつかれてしまう。話を聞けば50mもくだらなかったとのこと。いずれからおりてもさほどは変わらなか
ったようだ。その夜は静かな三俣山山頂の笹のベッドの上で晩秋の山の夢を結ぶ。
  <柳沢川右俣幕営地初6:00  稜線7:07  ピストン出発から戻る 8:16 ネギトのコル11:48  
    宿堂坊山12:14  三俣山15:42> 

○11月3日(月)
 いよいよ最終日だ。天気は曇りだが雨の心配はなさそうだ。この三俣山を下り、この稜線で最も緊張した場
所にかかった。もろい岩が露出している急な下りで、落石をしないように気を遣う。そのあとも細かいアップダ
ウンが続き、そのたびごとに進路方向に微妙な注意が必要ではあった。曇天の中、カモシカ平に着く。ここは
一面砂のような広場に小さな唐松が生えている。晴れていたら気持ちよさそうなところ。国境平もそのような
感じとガイドにはあるが、こちらのほうが感じが良いとはおおかたの意見だった。国境平からは松木渓谷めざし
てモミジ尾根を下る。
  下り始めにはなごりのもみじの木が、すさまじい朱さで一本立っていた。鬼気迫るともいえるその朱は、まる
で木の精が宿っているようだ。そこへ・・甲高い鹿の鳴き声が!なんという風情だ。百人一首の世界が広がる。
「奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声きくときぞ秋はかなしき」・・能舞台のような情景にもみじの枝を持った鬼女
でも出てきそうだ。その風情とはうらはらに?もみじ尾根は甘くなく、急なこと、もろいこと、落石を起こさぬよう
に神経をつかって最後はえらく疲れて松木川に下り立った。ああ、もうこの沢を下るだけか、と残念な気持ちと
松木沢の下りも未知でどうなることやらとの気持ち半分と。

 結局、松木沢下降は水量も予想よりたいしたことはなかった。はじめは登山靴で飛び石などしていたがそれ
なりに水量はあるので、早々にせっかく沢靴を持っているのだから、と履き替える。実は初日の焚き火の時、
その辺に沢靴を転がしておいたら凍ってきていて、「フェルトが凍ったら翌日遡行のときにまずいじゃん!」と焚
き火にあぶった。そしたら、炎でないところもすごく熱くなっていて・・「あれ、なんで濡れてるのかな・・って、溶
けてるじゃん!!!」がーん、フェルトが溶けてしまったのだ。そしてその部分だけがプラスチック状になってい
て、「ああ・・松木沢でここが滑ってこけるかもしれない」と暗い気持ちにときどきなっていた。結局歩き方を気を
つけてどうにかなる。もっと長く厳しい沢だったら許されないちょんぼだが、「普通、沢靴凍るからあたためような
んて発想はまずないんだから」とまたも慰められる。

 松木沢は下流になるにつれ川幅広く、水深浅くなり、本来濡れるが前提の超厚手のネオプレーンの私は脱
水症状になりそうで、わざと深そうなところに入ってみたりしながら歩く。足尾銅山の鉱害による荒涼たる風景
は初めてではなかったにしろ、じっくりと歩くのは初めて。みれば見慣れぬ植物が生えていて、このようなところ
では普通の植物が成長できず、特異な生態系になるとの話。肉厚で、砂漠に生えるような植物や、里でも山で
も見たことない植物に薄ら寒くなる。落石のガレ場を乗り越えて林道に出て、集落跡などを見送りながら、あと
はなんということもなく、わたらせ渓谷鉄道間藤駅へと着いた。
  <三俣山 5:32発  1828m 7:22  国境平8:45  松木沢10:10 砂防ダム12:56 
    松木沢ゲート14:43>
 今回歩いた稜線は、独特のプレートが打ってあり、道しるべにはなるが、地形が複雑になるようなところもある
ので、地図や先読みは必要。近いところでは4,5m間隔であったりするので外したら総力を結集して次の道標
を探すことが必須である。行き先を表す道標もプレートに釘で打ってあるようなもので実に味わい深かった。この
道の魅力を十分に理解した人たちの仕事なのかもしれない。


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