◆白馬岳・主稜  藤野孝人

  ◎2009年5月2日〜4日
  ◎メンバー:藤野(L)、福寿さん(SL)、松山さん(記録/ゲスト)

   
                     (白馬岳・主稜はナイフリッジが続く)
      
 視界いっぱいに、大雪壁がまるで巨大な岩壁が行く手を阻むように、立ち塞がっていた。写真で何度も見て、
いつか登ってみたいと思っていたあの雪壁が目の前にあった。白馬岳主稜のハイライト、最後の難関。
「斜度60〜70度、長さ55〜60m」と資料にあったが、到着したコルから見上げると、長さは70〜80mありそうに
見えた。そのほぼ中間の小さな岩場に、四人がへばりつくように固まっていた。白馬尻で先発した若者四人
組だ。しばらくは立ち尽くして見上げていた。きっとポカーンと口も開けていたに違いない。
 コルには途中で追い抜かれた青年二人組と、ソロの青年が順番待ちをしていた。我々も腰を降ろし、行動食
を食べながら見上げた。ハーケンを打つ響きが聞こえてきた。福寿さんが「ハーケンは持ってきた?」と聞く。
「いいえ、持って来ていません」。事前に「残置ハーケンはある」旨、情報は得ていたが、2〜3本は持参した方
がよかったか、と反省。

 長い時間が経過して、やっと四人組のトップが登りだした。引いていくロープは一本。アイゼンを蹴り込み、
ピッケルを振って登っていく。ルートが屈曲し、トラバースのようなところがある。「あんなところでトラバース!」と
福寿さん。抜け口で少し手間取ったが、無事登りきった。
二人目の女性はプルージックで登りだした。かなり苦労している。「ガンバッ!」と思わず、しかし小さな声で言
った。ようやく登り切った。やがてハーケンを抜く響きが聞こえてきた。やはり回収していくのだ。枝ループの3
人目の女性が登りはじめ、次いでラストの男性が登りだした。
 これを見てコルで待機していた青年二人組が登りだした。「通常、2ピッチで登る」と資料にあったが、彼らは
中間点の岩場まで、たばねたロープを担いで登った。岩場に到着すると「ハーケンありますヨ!!」と、教えてくれ
た。二人組は手馴れていて、ロープのセットも登りだすのも早い。トップは四人組のラストを追いかけるように
登って行く。やがてセカンドが登り出したのを見て、コルで待機していたソロの青年が、登り出した。「中山尾根
など、八ヶ岳のバリエーションもひとりで登攀した」と言っていたとおり、なかなかの猛者である。Wアックスを
振ってアイスクライミングの要領で、雪の破片をパラパラと落としながら、ドンドン登っていった。

 1時間20分も待機したが、いよいよ我々の番である。下部の傾斜はノンザイルで登ったY峰やV峰ほどでは
ないようなので、ビレイはせず、既に結んでいた9mm×50mのロープを引いて登っていった。岩場に着くと、残
置ハーケンは3本あった。3本全部にビナをかけ、テープスリングをセットし、流動分散で確保支点を作った。
これにセルフビレイをとり、後をついて登ってきた松山さんにもセルフビレイをとって貰った。見下ろすとかなりの
傾斜である。ラストの福寿さんとはロープを結んでいたので、念のため半マストで確保して迎えた。福寿さんと
ビレイヤー交代のため、狭い足場で慎重に立つ位置を入れ替わった。主稜最後の難関、大雪壁は、この中間
点の岩場から上が核心だ。いよいよ最後の登攀だ。福寿さんのビレイにより、第一歩を踏み出した。すぐに左
手にもバイル持ち、4WDで行くことにした。

 
   頂上直下の 雪壁 2P目をリードする藤野       1P目、ラストをフォローする福寿さん                

 雪はしまっており上に行くほど硬くなった。途中二箇所で、バイルのハンマーを振ってスノーバーを打ち込ん
だ。これにクイックドローを掛けロープを通した。ロープを通すと岩登りのリードと同じで、少し落ち着く。足元を
見ようとすると、ヘルメットが雪壁に当たった。かなりの傾斜である。あと3m、あと2m、そして眼前に平らな雪
面が広った。左方には山頂標柱や登山者が見えた。「ヨシッ! 」、「落ち着いて」、と自分に言い聞かせて、
二本のピックを打ち込み、一歩二歩とアイゼンの前爪を蹴り込んで、慎重に平らな雪面に立った。ビレー点は?
見回すと、6〜7m先に誰が掘ってくれたか、ビレー用のバケツが掘ってあった。座って両足を踏ん張ってみると
しっかりしていた。これを使ってボディビレイすることにした。ロープを大きく引いて「登ってよし」の合図をした。
そして腰がらみで、ゆっくりと慎重にロープを引いていった。やがて松山さんが登ってきた。ニコニコと嬉しそう
である。直ぐに枝ループを解いて貰って、そのままロープを引き続けた。間もなく福寿さんの黄色いヘルメットが
見え、次いで上半身が見えた。あと少し。そしてついに雪面に立った。
 ヤッタッ!! 三人で堅い握手。時に15時15分。猿倉荘を出てから10時間25分であった。山頂標柱の前で記念
写真を撮り、今宵の宿、白馬山荘に下った。

          
                  頂上直下の最後の雪壁

 猿倉荘を出発したのは4時50分。ゆっくりと歩を進め、白馬尻の大雪渓を横切ったところで、ハーネスとアイゼ
ンを装着した。主稜線までのルートを目で追って確認し、先発した若者四人組の後を追うようにスタートした。
徐々に斜度が増してきて、やがて二年前アタックしたとき、撤退を決断した場所に到着した。ここだけ雪がなく、
小さな岩が露出し、大きな樹が生えている。まるで島のようだ。腰を降ろして休憩する。あのとき、不調のパー
トナーにここで待機して貰って、ひとりで[峰?まで登った。そしてここに戻って、二人でスタンディングアックスビ
レイを繰り返して降りたのだった。

 島からひと登りで稜線のコル状のところに着いた。そして樹木が混じった短い急斜面を登ると、見覚えのある
小さなピークに出た。いよいよ主稜だ。あとは山頂までこの稜線を行くのみだ。白馬沢側には雪庇が少し張り
出している。いくつかピークを越え、かなりの急登を登りきると、Y峰に到着した。幾つものピークやコブが、
くねくねと曲がりながら山頂まで続いていた。まだまだ先は長いが、展望を楽しみながらゆっくり休んだ。
 小さなアップダウンを経てX峰?を越えると、リッジとなった。通常ならロープを出すようなナイフリッジが次々と
出てくる。幸いに先行者の踏み跡があり、雪の状態も良くアイゼンが良く効くことや、ふたりともアイゼン・ピッケ
ルワークはしっかりしているので、ロープは出さず、ゆっくりだが確実に歩を進めた。急な長いナイフリッジを登り
きるとV峰?に到着した。

 ゆっくり休んで腰をあげた。間もなく、高さ5〜6mほどの岩を巻くところにきた。下は数百メートルの断崖絶壁。
歩を止めて「ロープを出します」と宣言した。取り付きは岩の向こうで、まだその様子は見なかったが、取り付き
が急であることは見ないでも分かる。こんなところで落ちれば、はるかかなたまで吹っ飛ぶことは間違いない。
ザックから重かった50mロープを取り出した。ロープを解いている間に、福寿さんが手際よくピッケルとスノーバ
ーで、スタンディングアックスビレイの準備をしてくれた。ロープを結んで取り付いた。
 
 最初のニ、三歩が意外と難しい。一手、バイルも打ち込んでクリアした。少し登るとルートがカーブしているの
で、スノーバーを打ち込み、ロープを通した。更に登って傾斜が落ちたところで、ピッケルを打ち込んだ。
ところがスタンディングアックスビレイの準備をして、あまったロープを引いたところ、岩に引っかかったようで動
かなくなった。引いても緩めてもゆすっても動かない。「オーイッ!」と叫んでも、笛を吹いても、音信不通。ずいぶ
んたって、松山さんの声が聞こえた「ロープが岩に引っかかっています。いま外します」二人は岩陰にいたため、
こちらからの声が聞こえなかったようだ。松山さんが登り出した。しっかり踏ん張って、張りぎみにして確保した。
松山さんを迎え、次いで福寿さんを迎えた。「ここはロープがあって良かった。さすがリーダー」と福寿さんの
第一声。第ニ声は「携帯をかけようと思った」。最後の難関、大雪壁まではあとわずかなので、ロープは解かず、
結んだまま登った。ひと登りでU峰。そのすぐ先が山頂直下のコルであった。

 白馬岳・主稜は、やはり素晴らしい雪稜であった。長年の想いがやっとかなったことは嬉しいものだ。福寿さん
も念願がかなったのは幸いである。

<コースとタイム>(記録は松山さん、途中の高度は高度計による)
3日=猿倉(4:50/1,230m)―白馬尻(6:20-45/1,560m)―[峰? (8:45/2,140m)―Y峰(9:30-50/2,300m)―
    V峰?(11:55-12:15/2,760m)―山頂直下のコル (13:20-14:40/2,855m)―山頂(15:15-35/2,932m)―
    白馬山荘 (15:50 /泊)
4日=山荘(6:45)―大雪渓―白馬尻(8:50)―猿倉(9:40)
注:白馬岳・主稜は、山頂をT峰として、以下U峰、V峰、・・・[峰とされています。しかしどのピークが何峰かは
大変分かりにくいと思います。
国土地理院の地形図からも読み取ることは困難です。本文やコースとタイムの記述で、間違いがあればご容赦ください。


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