◆三度目の正直 北岳バットレス第四尾根  赤澤東洋

日時:2009年9月9日〜11日
メンバー:福寿(CL),赤澤

 2年連続して濃霧にまかれ、下部岩壁にて撤退してきたバットレス第四尾根、福寿先輩のリーダー宜しきを得て三度目の正直で遂に登る事が出来た。
 山登りを再開した90年代初め、キタダケソウの写真を撮りに何年か続けて北岳通いをした事があった。八本歯のコル付近から仰ぐバットレスは急峻で、散見する岩に取り付くクライマーの姿には、凄い所を登る人がいるものだと感心したものの、これは己の登山スタイルとは全く別個のものであり、よもや自分が登る事になろうとは思いもしなかったものだ。それがいつしか岩登りを始め、バットレスにはいつか登らねばならないと、だいそれた事を考えるようになったのだから、これは進歩というべきなのか。
 ベースの御池小屋は2006年7月改築され、水も美味しいしトイレも綺麗でなかなかいい小屋になった。生ビールもある。消灯8時
  9月10日、3時起床。気温7度。満天の星。今日はいい天気になりそうだ。ポットにお湯が沸いており、自由に使えるのがいい。ぬくもりある小屋の配慮に感謝し、青白く輝くシリウスに見守られ3時50分勇躍出発する。30分程で二俣着。広川健太郎氏や萩原浩司氏の案内書では、この間の標準タイム20分となっているが、ヘッドランプを頼りの山道、合計135歳の我々にはとても無理な話というもの。四尾根取り付きから終了点までも2〜3時間となっているが、我々はこれを鵜呑みにしてはならないだろうと胆に命じる。
  5時になるとしらしらと明け始め、振り返るとモルゲンロートに染まる空に鳳凰三山の地蔵や高峰のシルエットがくっきりと浮かび上がり、思わず「ヨシッ!!」と気合いが入る。
 目印の大岩の先で大樺沢に別れを告げ、バットレス沢に添い灌木の繁る支尾根に取り付いた。ここで1人幕営していた。単独で四尾根を登るという。この辺は幕営禁止なのだが。
 6時15分、下部岩壁bガリー大滝下到着。先行した2人パーティが丁度登り始めた所で、ガイド山行のようだ。石がパラパラ落ちてきて危ない。高度計は2785mとある。これから高みを目指して300mの登攀となるわけだ。
 6時45分、いよいよ登攀開始。まずはリードさせてもらい岩壁中央の赤褐色のクラックV級を登る。岩は硬く登り易い。ガイド山行ではアプローチシューズのまま登ってしまうと言う。足慣らしにはうってつけの岩場といえる。
 7時45分、下部岩壁終了。靴を履き替え、1ピッチ程草付きを登り、横断バンドへ出て、左手へトラバースする踏み跡を辿ったが、少し行った大石の所で上に登る明瞭な道があり、そちらに迷い込んでしまった。これは第二尾根に向かう踏み跡らしく、何かおかしいと大石まで戻りよく見ると這松に隠れ、横への踏み跡があった。これは先行した私のミスで20分程ロス。尾根を回り込みcガリーに出ると4尾根が目前に迫り先行パーティはもう第一コルにいる。やはりガイド山行は早い。cガリーのガレ場を登り4と書かれた赤ペンキの矢印に導かれ、左上すると四尾根テラスに出た。8時50分。まずはリンゴ1切れ頬張り、息を整える。
 9時10分、いよいよ本番開始。1P目出だしのクラックはW級+、下部の核心という。足をしっかり決めて福寿さんが一気に登りきる。2P目のフェースはU〜V級。右の草付きからも登れるらしいが、こちらは左のリッジ寄りをリード。ピッチを短かく切り、小さなハング下のビレイポイントで確保。3P目は福寿さんがピラミッドフェースの頭を右へ回り込む。白い岩のフェースV級は4P目となり、リードの番、適度にホールドがあり快適なスラブで、ひょいひょいと登る。富士山も顔を見せ、鳳凰三山、早月尾根と展望も開け、ルンルン気分である。この明るく開放的な雰囲気こそバットレスの魅力であるに違いない。5P目は福寿さんリードで傾斜の緩いリッジ。6P目、ここが本ルート中最高グレードX級の上部核心部で、出だし5mが急なスラブ状フェイスになっている。リードを志願し、スタンス決めて見栄も外聞もなくヌンチャクつかみ力に任せてエイヤッで乗っ越す。難しいのは最初だけで、後は快適なリッジとなる。大樺沢をはるか下に見て高度感は抜群、充実感も大きく、標高3000mのクライミングが実感できた。登り切った所がいわゆるマッチ箱のピークとなり、ここから10m程懸垂下降で左のdガリー側に下りる。11時30分。
 コルからは2ピッチで枯れ木テラス到着。ここで後続パーティがマッチ箱のピークに顔を出した。ビバークしていた単独行者はずっと遅れているようだ。枯れ木テラスからさらに2ピッチで13時丁度終了点に到着した。空いていた事もあり2人の息もピッタリ合ってテンポ良く登る事が出来、4尾根取り付きから3時間50分、2人合わせて135歳、まあそんなものだろう。技術的には問題なかったが、荷物を背負い長時間にわたる登攀となるこのルートは体力勝負のようだ。まずは満足であるが、先を読む判断力、ピッチを切る位置、ロープ操作等々まだまだ課題は多く、安全登山をモットーにさらなる精進を胸に誓った事である。クライマーの菊池敏之氏は「最新アルパインクライミング」で、「レベルを上げることはアルパインクライミングには必須の課題だ」「レベルと安全性は比例する」と言っている。老化防止の為にもクライミングはあと10年位は続けたいと思っているのだが、進化できるのだろうか。それが問題だ。

1ピッチ目、出だしのクラックに取り付く福寿さん
後方のトンガリはピラミッドフェースの頭



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