日程: 2014年10月18日(土)~19日(日)
メンバー: 藤野(L)、國井(SL)、深澤淳、松山
報告: 松山

 

 一目ぼれだった。「彼」を初めて見たのは去年の9月。シルバーラインの長いトンネルを抜け、枝折峠を目指す友人の車の窓越しだった。つづら折りの国道を上るにつれ、見えてくる深い山並みの中の颯爽とした姿の山に目を奪われた。均整のとれた三角形のピークからは、のびやかにつながる両肩の線、その胸に尾根の襞が刻む線は鋭く力強く、山容全体に無駄な贅肉を削ぎ落とした美しさがあった。東京から電車やバスで登山に出かけることの多い私には、上越国境の先はいかにも遠い。これから登る越後駒ケ岳が新潟県下で初挑戦の山であった。その越後駒が、この惚れ惚れするほど美しい山かと思うと胸の高まりを隠せない。だがそれが荒沢岳という初めて聞く別の山だと判るのは、暑い陽射しを背に稜線歩きを続けても、その端正な山が少しも近づかないことに気付いた数時間のことであった。その瞬間から、越後の奥深くに鎮座する”秘峰”荒沢岳は、心に秘め、いつか会いにゆきたい片思いの彼、荒沢くんになった。

 そのイケメン荒沢くんとのデートを思いがけず早く叶えてくださったのが、藤野さん、國井さん、深澤さんの強力イケメン(人類)トリオ。このメンバーでの山行は、阿弥陀南稜、北岳バットレスに続き今年3回目となり、終始和気藹々。國井さんに車を出していただき、初日は、酣の紅葉の奥只見の銀山平キャンプ場でテント泊。今回も藤野さんの大鍋に、小出インター近くで仕入れた新潟の食材をてんこ盛りにし、豆乳鍋とおでん等で栄養は過剰に、アルコールは控え目に摂取して翌日の行動に備える。標高770m、夜は冷え込む谷間の屋外キャンプで、調理用の強力な火力と頼もしい暖房を提供してくれたのが國井さん特製の一斗缶リサイクルコンロ。頼もしく、有難い。
 
 翌朝、キャンプ場から車で3分の登山口の駐車場は、早朝にもかかわらず既にほぼ満車。知る人ぞ知る荒沢くんとの密かなデートという妄想はあっさりとうち砕かれる。彼のモテ度の高さに心を乱されながら、霜をまとったその世界に踏み入れることになった。最初からの急な登りに身体は悲鳴をあげるが、朝の光の中で輝くばかりの木々の彩りと、霧があがってくる奥只見湖の幻想的な景色に励まされ高度を稼ぐうちに、前山に到着。ここまで来ると荒沢くんの秀麗な姿が望めるようにはなるが、それも遠い。小さいピークのアップダウンに息を切らせ、おおらかな越後駒や荒沢くんの深い谷の残雪を眺めるうちに、このコースの核心となる岩峰、前嵓(ぐら)の取り付きに着く。前嵓は少し離れて見ると、逆相のジャンダルムといった様相でいかにも手強そうである。ここから前嵓ピークまでの約1時間は、垂直に近い岩場を鎖や梯子を頼りによじ登るかと思えば、基部までの長い急な下りがあり、濡れて滑りやすい距離のあるトラバース、そして稜線までの急登が連続し、体力と集中力を要するものだった。
 
紅葉の中を行きます
 
  前ぐらです
 
前ぐらの下部は、ハシゴがあります
 
  前ぐら。トラバースがあります
   
前ぐらのピーク付近より山頂方面。まだまだ先です。
 
   
 前嵓をクリアすると、眼前に大きく現れるのは荒沢くんの筋肉質の胸板。2,000mに届かぬ山ながら、雪が刻んだ支尾根の筋は前穂ばりの造形美を誇る。山頂までの1時間半ほどの間には、時々露出した岩場が現れたりと変化にも富み飽きさせない。稜線を登りつめ右に折れると、一気に荒沢くんから南の展望が開け、平ケ岳、尾瀬の山、日光白根などが顔をみせる。さらにやや緊張するトラバースを経て山頂に辿り着けば乱杭歯のような八海山、越後駒から中ノ岳への長く続く稜線、北面の名も知らぬ峰々、奥只見湖...も見渡せ、景色の雄大さはさらにスケールを増す。さほど広くはない”秘峰”のピーク(1,968m)は大勢の老若男女で賑わっている。私だけの彼でなかった事は無論のこと、実は以前から岳人のアイドルだったのだと自分を納得させることにした。みな夫々で様々なポーズの写真をとって山頂を後にする。下山路では光の状態の変化とともに、細身の荒沢くんの姿に立体感が出てくるのに見とれる。前嵓の岩場の下りを慎重にクリアすれば、後は再び色づく秋をたっぷり楽しみながらの下山となるが、この頃には、標高差1,200m、標準コースタイム9.5時間の長丁場の疲れが出てきてかなりバテ気味となる。失恋の痛手もこれに追い討ちをかける。軽快に歩まれる藤野さん、駆け下りる勢いの國井さんに遅れをとりつつ、名残を惜しみつつ深澤さんと何回もシャッターを切った。登山口の水場で荒沢くんの恵みで喉を潤したあとは、テントを撤収し近くの白銀の湯で汗を流す。温泉から見えたのは、紅葉を前景に従えた、やはりカッコいい荒沢くん。サヨナラ、とつぶやいて帰路についた。
 
山頂手前の岩場。これを越えると間もなく山頂。
 
  荒沢岳山頂です。賑わっていました。
 荒沢岳は、文字通り見てよし、登ってよしの名山だった。ヒマラヤ襞を思わせる鋭い尾根が雪化粧する姿に出会ってみたい。しかし、積雪期には雪に閉ざされる奥只見、その姿は想像するしかないのかもしれず、その時こそ「わたしだけの荒沢くん」と出会える時ではないかと思っている。
<コースタイム> 
 5:50 登山口発
 6:40 前山
 7:45 前嵓基部
 8:45 前嵓
 10:10 荒沢岳山頂着
 10:50 下山開始
 14:50 登山口着

 


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