◆登山の基礎を学んだ「六甲山」  

浜口武夫

 大阪の南河内で育った者にとって、子供の頃は二上山〜葛城山〜金剛山が一番身近な山だったのですが、私にとって心の故郷とでも言うべき山は、20歳前半から30歳半ばまで良く通った六甲山です。社会人となって2年目、友達に連れて行ってもらった槍穂縦走がきっかけとなって本格的に登山を始めようと思い、たまたま阪急神戸線沿線の独身寮に入っていたので神戸の社会人山岳会に入会したことから、六甲山には通うようになりました。
 六甲山といっても、実際には宝塚から神戸まで東西に連なる大きな山塊で、大阪からは一つの大きな山に見えるので全体を六甲山と呼んでいるのですが、表六甲(南側)には海岸線に沿って稜線に向かう無数の登山道があります。私も、四季折々のハイキング等で、ほとんどの全てのコースを踏破しているのではないかと思います。
 もちろん、ただハイキングの目的でわざわざ社会人山岳会に入ったわけではなく、沢やら雪山にもチャレンジしていたのですが、残念なことに六甲山は、御影石の産地だったことからも分るように、山全体が花崗岩質で脆いため、沢にはやたらと砂防用の堰堤があって沢登りには全く適していません。また、雪も積りません。そのため、沢や雪山は六甲山以外でトレーニングが必要でした。
(昔は裏六甲で滝が凍ってアイスクライミングの練習ができたそうですが、私が山を始めてからは一度も凍った滝を見たことがありません。)
 しかし、六甲山でも岩トレはできました。国内でのロッククライミング発祥の地と言われている芦屋ロックガーデン、奇岩がそそり立つ蓬莱峡、ケーブルカーの終点と駐車場が近くでアプローチが楽な保塁岩と、岩トレ用のゲレンデは多少あって、私が岩トレを初体験したのも保塁岩でした。
(六甲山麓にある兵庫県山岳連盟登山研修所の壁が人口岩になっていて、そこでも何回か練習しました。現在は建物内にボルダリング用の壁もあるようです。)
 そう言えば、安月給のサラリーマンには本番用の登山靴を買うのもたいへんで、クライミングシューズは憧れでしかなく、岩トレでは月星のアメ底運動靴を愛用していたものです。
 安月給といえば、合宿登山に行くのも小屋泊まりなんて贅沢はできず、常にテントを担いでの山行となるため歩荷トレーニングは欠かせませんでした。そして歩荷の定番といえば、やはり六甲山でした。
 芦屋川駅に集合して、高級住宅地を抜けて妙に人懐っこいイノシシが屯する最初の堰堤まで登り、河原の石を新聞紙で包んでザックに詰め、バネ秤で20kgとか30kgのノルマの計量を受けてから標高差800mくらいを一気に駆け上がるというもので、夏場はまさに地獄のトレーニングでした。
 このコース、ハイキングなら最高なのです。岩山の芦屋ロックガーデンから風吹岩、草原の東おたふく山(お月見山行に最適!)、少し谷に下って七曲りという急登を一頑張りすると六甲最高地点(一軒茶屋)に到達するという、表六甲特有の明るくて変化に富んだハイキングコースの代表格で、天気が良ければ、大阪は遠く泉州まで、また阪神間の街並みと大阪湾、淡路島などの眺望を随所で楽しむことができます。
 さて、歩荷の続きですが、一軒茶屋からの下りは、魚屋道(ととやみち)を一気に有馬までか、東六甲縦走路を一気に宝塚まで、となります。有馬なら距離も短く、昔は街道だったこともあり走り易いし、なんといっても有馬には温泉があります。ヘルスセンターで温泉に浸かってビール。これは堪えられません。 (当時のヘルスセンターは改築され、現在は小奇麗な市営浴場となっています。)
 でも、ほとんどの場合、そうは問屋が卸さず、東六甲縦走路での地獄のトレーニングの後半戦が待っています。ひたすら下りで、宝塚はとても遠いのです。
 今では宝塚駅前が再開発され、駅前の酒屋なんかもなくなってしまいましたが、当時は線路沿いの店先でビールケースを椅子とテーブルにして乾き物で乾杯。合宿登山の計画に花が咲き山への期待が膨らむ・・・懐かしい思い出です。少し懐具合が良いときは、関西人御用達の中華料理店「aa」宝塚店で餃子とビールだったことも。これもまた忘れられません。
(油で薄汚れていた「aa」宝塚店も、今ではショッピングセンター内のレストランになっています。昔は店内で汗だくのシャツを着替えることができましたが・・・)
 当時のきつかったトレーニングのことはすっかり忘れ、今はただただ懐かしい思い出ばかりの六甲山。今でも大好きで、大阪に帰って六甲山が見えると嬉しくなります。稜線上には道路が走り、ちょっとした街、別荘地やリゾートホテルなんかもあって、100万ドルの夜景でも有名な観光地ですから、わざわざ登山をしなくても上まで登ってしまえます。 私もこの20年くらいは、大阪方面に行く機会と時間があっても、ついつい車での観光だけで済ませています。
 しかし、そう遠くない老後には、歩くことを目的として六甲山にふたたび通い、四季折々の懐かしい登山道を一つずつ巡りたいと思っています。
 余談ですが、「六甲おろし」は野球のシーズンには吹きません。だって、冬の北風ですから・・・。

堡塁岩上部での岩トレ風景

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