中国・北朝鮮国境
長白山(白頭山) 下見山行

赤澤東洋

  
リシリヒナゲシ   頂上湖<天池>   頂上湖<天池>

 来年の海外山行は朝鮮半島の最高峰・長白山(2744m)を予定しています。この山は中国と北朝鮮の国境に位置し、朝鮮側では白頭山と呼ばれ古くから朝鮮民族、満州民族の聖山として崇められてきました。
 先般、アルパインツアーサービス社(以下A社)の視察山行が開催され参加してきましたので報告します。

 9月11日(土) 11:55成田国際空港第一ターミナルに集合したのは各地の山岳会の代表や山用品店の経営者等6名と主催のA社から藤村さん、伊藤さんの2名。他に山と渓谷社の取材で編集部のYさんとカメラマンのIさんが加わり合計10名。
成田発13:55の大韓航空KE704便に乗る。定刻通り16:20ソウル(仁川)着。山専門の旅行会社<ヘイチョ・トラベル>の山岳ガイド金さんの出迎えを受けた。
韓国には雪岳山等名山が多くA社の韓国企画は全て金さんにお任せしているとの事である。
韓国も登山ブームで日本の北アルプスや富士山は人気があり、金さんは韓国のお客さんをガイドして槍ヶ岳にもう数十回登りましたというから凄い。長白山もここ10年来毎年韓国からツアーを組んで訪れているという。
仁川空港で秋田や名古屋から直行の2名と合流、さらに空港近くのホテルで関空から飛んできた3名とA社大阪支社の大島さんと会い、これで総勢16 となる。
夕食はホテル近くのレストランで石焼ビビンバを食べたが、これだけでは物足りず、相部屋の飯能のOさんと出直して近くで焼肉を食べ、飲み直した。Oさんは山用品店「ひだまり山荘」のオーナーだ。

 9月12日(日) ソウル(仁川)10:10発KE825便は1時間遅れて出発。12:10延吉(イエンジ)着。時差は1時間。
現地エージェント<延辺大衆旅行社>李社長、日本語ガイド朴さん(女性)及び登山ガイド朴さんの出迎えを受け、会社手配の観光バスに乗り込む。バスの中で李社長や日本語ガイド朴さんのユーモア交えた面白いお話を聞く。
李さんは1996年会社を興し、もう200回以上長白山に登っている先駆者で「この山はオレの山」だと言い切る。
インフラが整備され、昨年から火口壁の縦走が出来るようになったが、本格的に動き出したのは今年からで日本の旅行会社の中で縦走コースに行けるのは、李さんと契約しているA社のみとの事である。
3時間程バスに揺られて長白山の麓の街、二道白河(イドベッカ)のホテルに着いた。ホテル正面には<熱烈歓迎・ALPINE TOUR SURVICE会社考察団・来臨>の大段幕が垂れ下がり、5時から長白山旅行集団公司による懇談会が開催され、ご馳走攻めにあった。
世界遺産への登録を目標に整備に力を注いでいるとの事で、これから大いに売り出そうという現地の熱意がひしひしと感じられた。

 9月13日(月) 4時にモーニングコールあり、4時半バスにて出発。
白樺林の中を真っ直ぐな道路が切り開かれている。5:50西口登山口に近いホテル(天賜旅遊休暇村)にて朝食。
今年オープンしたばかりという真新しいホテルなのだが、もうトイレのドアが壊れているのはどうしてなのか?
 ホテルから5分もしない所に西坡(ソッパ)ビジターセンターの大きな駐車場があり、一般車はここが終点となる。
真新しい立派な建物の中で入山料を払いシャトルバスに乗り換えて40分、一気に2240mの西坡登山口駐車場へ駆け上る。
 8:15いよいよ登山開始。稜線までは高度差230m、1236段の階段が敷設されており、ゆっくりと登る。
下から見上げた時は大変そうに見えたが、土合駅の地下階段よりは傾斜もゆるく、およそ30分程で稜線に辿り着いた。
登り詰めた箇所は中国・北朝鮮の国境で、目の前に満々と紺青の水を湛えた湖が広がり歓声があがった。天池である。
周囲12キロ、水深312m、地元の人達に霊峰として長く崇められ神聖化されてきた事がよく分った。
北朝鮮との境界線があり少しだけならとロープを潜って閉ざされた国に足を踏み入れてみる。明らかな越境で尖閣諸島問題が起きる前でよかったと言えるだろう。
ここまでは一般の観光客の領域で、階段には駕籠も用意されているので足弱の者でも安心だ。ここから中国側の頂上稜線を北へ向かって縦走が始まる。エメラルドグリーンの天池を眺めながら火口壁の頂上漫歩。ガレ場や急峻な岩場は大きく回り込まねばならないが、そこは一面のお花畑。9月というのにトウヤクリンドウ、ミヤマオダマキ、タテヤマリンドウ、アズマギク等が咲き残り、稜線にはリシリヒナゲシの可憐な花びらがそよ風にゆらいでいる。
白い綿毛はチョウノスケソウとの事。チングルマかと思ったが葉っぱが違うそうだ。天池標識より2662mの青石峰(チョンソクボン)まで1時間、縦走しない人はここで引き返す。
 青石峰から先の白雲峰(2691m)までの稜線は大きく崩れて通行不可の為、一旦大きく下って西北からの尾根に取りつかねばならない。ここが一番の難所で約500m高度を下げて又登り直さねばならない。ガレた稜線から緑の草原目指してグングン下って、小さな沢が流れるお花畑で昼食とした。目の前の岩場には子リスがチョロチョロし、ノンビリお弁当を食べた。
登り返しが大変だと覚悟していたが、思った程ではなく、35分程で支尾根に達し、さらに30分程で天池を巡る縦走路に出た。ここから又エメラルドグリーンの火口湖に沿ってルンルン気分の稜線漫歩となる。双眼鏡を覗くと北朝鮮側でも沢山の人が動いているのが見える。かの国ではどういう階層の人たちが登っているのだろうか。
 途中長白瀑布という高さ70mの大滝を遠望し、17:20長白山温泉へ下山。本日の行動時間9時間。
今宵の宿、長白山国際観光ホテルは1998年にオープン、経営者朴さんは群馬県前橋市出身の在日朝鮮人との事。前橋では長く自動車関係の仕事をされ少年野球の監督もしていたそうで、従業員の応対も気持ち良いもので教育が行き届いている。
日本式温泉ホテルで浴衣やスリッパが用意されており館内自由に歩き回る事が出来るのは嬉しい。熱目の露天風呂は深く、それは浅いと冬季すぐ冷えてしまうからだという。夕食時朝鮮民族衣装の舞踊と歌のサービスがあり李社長も飛び入りで自慢の喉を披露してくれた。

 9月14日(火) 5時に起床し一人でホテル近くを散策。森の中に少天池という池や緑池という二条の滝が流れる池があり、木道が引かれて散歩コースになっている。
8:00専用のマイクロバス2台に分乗し北坡(ブッパ)登山口へ。阿蘇の草千里のような草原をくねくねと曲がる狭い道を車は猛スピードで駆け上がる。傾斜が急なのでノロノロ走ると危険なのだとか。30分程で着いた所が北坡展望台の駐車場で、ものの10分も歩かずに天池が一望出来る天文峰(2670m)に立つ事が出来る。サンダルでも登れるとあって多くの観光客が押し寄せていた。
こちら側から眺める天池はアングルが変わって又なかなかいいものだったが人の多さに閉口し早々と退散する。本来ならトンネルを抜けて長白瀑布へ抜ける予定だったが、トンネルが崩壊しているとかで行けなかったのは残念だった。
 北坡山門にてバスに乗り換え、中国・北朝鮮国境の街図們(ドゥムン)へ出る。図們江(朝鮮名・豆満江)を挟んで向こう側が北朝鮮である。
図們江は長白山を水源とし日本海に注いでいる。全長521kmあり利根川や信濃川よりずっと大きい。対岸の大きなスローガン文字には<我らの太陽金正日将軍万歳>と書いてあるそうだ。駅舎が見え大きな写真が飾ってあるのも見える。こちらは金日成の写真である。
図們という町一帯は北朝鮮から難民が越境する地帯として知られ、対岸は朝鮮人民軍の厳重な監視下に置かれているとの事である。観光船に乗って北朝鮮すれすれまで行ってみた。いつもは朝鮮人民軍が銃を構えて警戒しているとの事だったが、まったく人の気配を感じる事は出来なかった。
船を下り最後の宿、延吉へ向かう。吉林省の省都は長春だが、延吉は吉林省延辺朝鮮族自治州の州都で、ここの人種構成は漢民族が59%、朝鮮族が38%となっているそうだ(他に満州族、モンゴル族、回族等が少数居住)。今、政府の奨励で漢民族がどんどん移住、流入してきていて朝鮮民族の李社長は警戒感、不快感を顕わにしており、ここでもウイグル、チベット、内モンゴル同様に民族問題が根深い事を認識したのであった。
今宵の宿は朝鮮民族のホテルで、最後の晩餐は豪勢なものになった。李社長が一箱16000円というマツタケを持ち込み、ご馳走してくれたが焼かずに生で食するのには面くらう。マツタケは焼いた方が香りも出て、美味しいのにと思う。
ホテルの部屋はベッドではなくオンドルの上に薄い布団がひいてある。ふとんの色がピンクなので、思わず同室のOさんと顔を見合わせてしまった。

 9月15日(水) ホテル近くの市場を見学する。マツタケがたくさん売られていた。人数が多いので短い時間での買い物はお付き合いが大変だ。
 12:35延吉空港発KE826便に乗り、ソウル(仁川)経由で20:45無事成田に帰着した。

 まとめ:「100名山 の人深田久弥氏は生前「白頭山」は政治に翻弄され現在ヒマラヤへいくよりも難しい山になってしまったと嘆いていたが、半周とはいえ縦走できるようになったのは有難い事だ。
イギリスのヒマラヤ登山の先駆者ヤングハズバンドは1886年(明治19)に登り、著書(カラコルムを越えて)にて「花に覆われた斜面と山麓の牧草地の美しさ、頂上にある素晴らしい湖の静寂が、山の高度の低い事の失望を充分に償ってくれた」と記している。
今回ご一緒した古河のYさんは女性だけの会<エーデルワイスクラブ>の会員でお花に詳しく、チョウノスケソウのこれほどの群落は見た事がないと言っていた。
 2011年度の海外山行はお花の最盛期、7月10日頃を予定し、縦走コースとお花散策コースと2班に分けますので沢山の参加お待ちします。天気に恵まれますよう。
 尚、山と渓谷社の取材があり、その報告は2011年度のヤマケイ2月号か3月号に6ページ掲載されるそうです。

 


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