4千米峰の日帰り登山 メキシコ トルーカ山行記

木村 修


<太陽と月の湖>

実に厳しい急勾配である。しかも富士の須走りのような火山砂地で、止まると足下がずるずると落ちる。できるだけ休まずに上へ上へと歩を運ぼうとするが呼吸が切れる。これが高度差2百米もあろうか。初めての難所だった。しかし、これを除くと実に楽しいトレッキング気分で山行ができる山、これがネバド・デ・トルーカ峰である。

メキシコにはオリサバを最高峰として、ポポカテペトル、イスタシワトルの三座の五千米峰がある。4番目に高峰を誇るのがトルーカ山である。しかも街のホテルから日帰り登山ができる4千米峰は世界でも数少ないのではなかろうか。確かに首都メキシコ・シティが標高2230mの高原都市であり、メキシコ人にすると4千米峰で初めて高山と認識するとのこと。山を愛好する者にとって世界の高峰への憧れは強い。特に富士山より高い4千米以上の高峰に挑戦したい心意気となる。しかし、未知の高山、特に高度障害に対する恐れがある。

この度の山行は、これを短いスケジュールで高山に対する体の変化を体験し、今後のより高い高峰挑戦の糧にしたいこと、またヨーロッパアルプスやヒマラヤは登頂者が多く、種々の情報を得ることができるが、中米は少なく、この未知の部分に魅かれたこと、この二点が動機となった。 ある資料の登山難易度表によると、キナバル山、玉山より高く、大姑娘山、ケニア山と同難度にある。 山行は11月中旬、全日程6日間と短い、総勢15人のツアー、内男性は5人、61歳から71歳の熟年、女性も中高年中心で山の経験は長い。

トルーカ山はメキシコ州の州都トルーカ市(標高2680m)に近く、南に聳える高峰である。気候は11月から5月は乾期で、東京よりは暖かく初秋の装備であるが、山は雪も降ることもありアイゼンも用意した。トルーカ山は独立峰で頂上部は火口湖を半円形状に囲む火口壁で形成され、頂上稜線上には、幾つかのピークがあり、南峰の修道士ピーク4704mや北峰にイーグルピーク4620mなどがある。火口原には大きなレグナ・デル・ソル、太陽の湖と小さな月の湖の二つの火口湖がある。週末には、この湖まで車で行楽できる。この地点から登山開始されることが多い。

この度の登山は手前のアンテナハット4025mの登山口を起点とした。トルーカ市のホテルを朝出発する。これも現地ガイド3人の都合でスタートが9時と遅い。メキシコ人はのんびりしていて時間にルーズとのこと。この為か出発もガイドが遅れて、さらに遅くなる。車で行った登山口から歩きだしたのが11時を過ぎる。200m位の岩尾根を登り昼食休憩の後、今度は火口湖に向かって下降する。湖と屏風の山が織り成す展望は、実に素晴らしい。緑青の美しい太陽の湖を水辺に沿って進む。4100mにあって、気分は頗る良い。

尾根の直下に来る。高度差500m弱の尾根が壁のように上にそそり立つ。この直登が苦しい。ふと高度障害のことを思い深呼吸、ゆっくり着実にはやる逸る気持ちを押さえて登る。尾根に辿り着いた時には皆座り込む。ここから、ピークに僅かな距離となったが半数近くが諦め動かなかった 。一歩一歩登る。午後の陽射しは弱く、止まると冷える。間もなく狭い岩峰イーグル・ピークより高いフライデー・ピークに達する。一人がやっとの狭いピークで交代で記念撮影。眺望は格別に良い。

下りは急坂を腰痛に苛まれながら湖辺に着く。これも高山病対策に水2リットルの特製ポーチを腰に付け持ったのが禍いした。因みに飲んだのは昼食時の僅かだった。陽も落ちて寒さが一気に厳しくなる。薄暗い火口湖辺から車で下山できたのも、車が入れる日帰り登山ならではのことである。その夜遅くメキシコシティーのホテルで夜食をとりながら、満喫感に浸ることができたのも、この山行の良さだ。

いつも思うことであるが、まず実行する事、案ずるより産むが易しである。この他、マヤ、アステカをメキシコの二大文明と呼ぶが、そうした高度で華やかな文明の母胎となった世界遺産を、この短い日程の中で、その幾つかを楽しむことができたことも良い思い出となった。
(2002年11月)

 


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