モンブラン/ガイドレス山行 (2002年7月)

赤沢 東洋

還暦記念に今年7月モンブランに登ってきた。今回は二つの事に拘ってみた。ガイドに頼らず独りで登る事と総費用をいかに安くあげるかという2点である。還暦と同時に今年は結婚30年という節目の年でもあった為、妻を同行したので我が家の家計上、経費は極力抑えねばならなかったのだ。まずは旅行会社には頼らず全部自分で手配する事にした。航空機はインターネットを検索してマレーシア航空にした。チューリッヒまでの往復運賃109,000円。これは直行便の日航やスイス航空に比べて7万円程安かった。ホテルは“シャモニーの安いホテル教えて下さい”と呼びかけたところ、山梨県在住の菅原さんが恰好なホテルを紹介してくれた。朝食、シャワー付きツインルームで1人4,500円。これなら10泊しても5万円かからないのでこの情報は有難かった。早速手紙を出して予約。これでまずは準備完了。何とか二人で50万円以内という予算の目処もたったというものである。

今回ガイドレスに拘ったのは8万円というガイド費用がもったいないという事もさることながら折角のモンブラン、独りでノンビリしたいという思いが強かったからに他ならない。以前マッターホルンに登った時は若いガイドにDon’t Stop! Don’t Stop!とあおられてしまい中々休ませてもらえずヘバッてしまったので今回はマイペースでノンビリやりたいと思ったのである。 アルプス通の古林さんに紹介された現地スネルスポーツの神田さんからは単独行は慎むべきと諭されてしまったがここはあくまでも初心を貫く事にする。山小屋の予約はシャモニー日本語案内所のベルナデット小母さんが交渉して取ってくれた。1時間前にホテルから直接電話した時は7月中は一杯ですとすげなく断られていたのだからどうなっているのでしょうか。どこにも裏道があるのだなあと妙に感心してしまったものである。

当日は雨。篠つく雨の中まだ明けやらぬ異国の街を一人傘さし歩くわびしさよ。7時の始発バスはまだ暗く誰も乗ってこない。ああよせばよかったかなあ。山小屋の予約なんかしなければよかったなあと思う。バス、ロープウエー、登山電車を乗り継ぎ歩き始めたが、3200Mのテートルース小屋の上からは冷たいみぞれに変わり毛糸の手袋はビッショリ濡れてしまい手が冷たくてたまらない。うかつにもモンブランは真っ白な雪山という印象しかなかったのでこの岩場にはあわを食ってしまった。パイヨ岩稜というのだが槍・穂のキレットも真っ青というなかなか手強い岩場だった。雪もなく晴れていれば何という事もない所なのかもしれないのでこんな所で落っこちたら無謀登山と非難されるだろうなあと思いアイゼンをガリガリいわせながら必死になって攀じ登った。登山電車の終点から普通は5時間位の所を7時間もかかって午後4時アタック基地となるグーテ小屋に到着。悪天候を割り引いてもこれでは少しかかり過ぎというものである。

何とか辿り着いた山小屋は天気待ちで停滞していた人達なのか人いきれでムッとしていた。ビッショリ濡れた雨具を吊るす所もない位にごったがえしている。登っている間はあまり人に出会わなかったのにどこから湧いてきたのか不思議な位であった。無論乾燥室等あるはずもなく濡れた下着やシャツは着て乾かすしかない。夜になるとグッと冷え込みサラサラの粉雪が降り出してきてこれはもう明日は寝ているしかないかとあきらめて7時半不貞寝してしまう。

翌朝2時トイレに起きて見ると何と星が出ている。思わずヤッターと快哉を叫んでいた。気温はマイナス10度を指している。誰よりも先に朝食を済ませ数パーティが歩き出すのを待って後をついていく事にした。右へ行ったものか左へ行ったものかサッパリ分からないので誰かに先行してもらうしかないのだ。10センチ位の新雪の中、先行者の踏み後を辿る。しばらく行って振り返ると星空の下ヘッドランプの行列が続々と登ってくるのが見えたが、それから先はドンドンとそれらの後発組に抜かれに抜かれたものである。その日単独行は私一人で他は皆んな2人か3人でザイルを結んで歩いていたが皆なかなか健脚揃いとみえ早い事早い事。夜が明け始めたバロー小屋までの3時間半余りの間こちらはただ一人とて抜く事はなく、ただひたすら抜かれるだけだった。 バロー小屋の近くで体調を崩したという若い女性がガイドに伴われて下ってきたがこれが本日抜いたといえば抜いた唯一の例であろうか。

マッターホルンこそ雲に隠れて見えなかったがまずまずの天気で、ああ来てよかったなあとしみじみと思う。天気もいいし危ない所も無さそうだし折角遠路はるばる来たモンブランそんなに急いでどうするのと嘘ぶきながらルンルン気分でノンビリとマイペースで歩いたものだから、頂上まで普通なら5時間位のところを7時間もかかってしまったがそれで良かったのだ。見ているとガイド連れは10分位頂上にいるだけでそそくさと下山していってしまう。気温は低いが風も無く快適なのでそれではもったいないというもので、今回ガイドレスの単独行を選択したのは正解だった。

その日は一気に登山電車の終点ニーデーグル駅まで駆け下り電車を乗り継ぎシャモニーまで戻る事が出来たが、朝2時半に歩き出して以来14時間半の行動でかなりくたびれてしまいホテルに帰るとバタンキューだった。

かくて我が目的は無事達成することが出来た。費用の方も毎日のように周辺のロープウエーを利用していたので交通費が一人3万円位かかってしまったが、それでも一人総額22万円位で済ませる事が出来てまずは万々歳という今回の我がモンブラン還暦山行でありました。

ホテルを紹介頂いた菅原さん、山小屋を予約してくれたベルナデットさん有難う。



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