◆剣岳 八ツ峰Y峰Cフェイス&源治郎尾根 登攀  藤野孝人

 
 八ツ峰。中央左がY峰、真ん中の壁がCフェース           Cフェース終了点にて             

八ツ峰Y峰は三度目のアタックで、今回初めてクリアした。一度目は何年前か忘れてしまったが、2ピッチ目の途中で
雷雨となり、落雷の恐怖の中を懸垂下降で逃げ戻った。二度目は昨年8月、チンネを登攀した翌日、取り付きまできたが、
前日の疲れ、時間不足、装備不足などで1ピッチも登らず撤退した。Cフェイス剣稜会ルートは、易しいが素晴らしいルート
であった。

<2007年8月9日、入山前日>

蓼科付近にある中道氏の別荘にて、焚き火、美味しい焼き物、アルコールで前夜祭。樹林に囲まれた別荘はなかなか
よい雰囲気だ。「一度この別荘を拠点とした山行を企画しましょう」と話しが弾んだ。

<8月10日、剣沢にベースのテントを設営>

扇沢より文明の利器に4回乗り換えて室道に入る。昨年、31kgの荷にあえいだ雷鳥坂は、今年は少し軽いためいくぶんか
楽に登れた。午後1時前には剣沢に到着。テントを張るや否や乾杯!! 食当は中道氏にお願いしたが、なかなか段取りが
良い。単独でアコンカグアをやるにはこれも必要な技術と思った。

<8月11日、八ツ峰Y峰Cフェイス剣稜会ルート登攀>

3時起床。前日の打ち合わせ通り、ライトを点けずに歩けるようになってから出発する。ゴロゴロ石の道をどんどん下る。
やがて雪渓に下りてアイゼンを装着。更にもったいないほど、どんどん下ると平蔵谷。更に下ると長次郎谷に出会う。八ツ峰
と源治郎尾根に挟まれた長次郎谷は、いつ見上げてもスケールが大きく素晴らしい。いよいよこれより長次郎谷の雪渓登り
だ。
  明治40年、軍の測量技師の柴崎氏が測量のため、宇治長次郎の案内によって未踏と思われていた剣岳に登った由緒
ある雪渓ルート。これが契機になって、この谷に案内人の名がつけられた。そのとき、剣岳の山頂で発見された奈良時代か
ら平安時代のものと思われる錫杖、そんな昔の行者もこの谷を登ったのだろうか? などと、新田次郎の小説を思い出しなが
ら一歩一歩、ひたすら歩を運ぶ。やがてY峰前のガラ場に到着。見上げると、はやCフェイスを登攀しているパーティの姿が
見えた。アイゼンを外してこのガラ場を詰め、Cフェイスの取り付きに到着。二人組が登攀の準備をしていた。我々と同じく剣
稜会ルートを登攀するとのこと。「では、後をついていきますのでよろしくお願いします」と挨拶。この二人組のトップが登りだ
すと、はや次のパーティがやってきた。人気のルートである。しばらく待っていよいよ我々の番がきた。
 1ピッチ目:中道氏の「OKです」を聞いて、「ではお願いします」とロープを2本引いて一歩を踏み出す。傾斜が緩く易しいが、
ハーケンが少ない。念のため一箇所カムの#1を使った。凹角を登ってビレイポイントに到着。涸れた這い松にシュリンゲをセ
ットし、先行組が使用しているビレイポイントにバックアップをとらせていただく。中道氏も快調に登ってきて「カムが良かった
ですね」と楽しそうだ。
 2ピッチ目:凹角からフェイスを登る。易しく快適であるが、ダブルロープが重い。ビレイ点に到着。ボルトは先行組が使用し
ているので、岩にシュリンゲを回してビレイする。中道氏を確保しながら先行組の3ピッチ目を観察すると、まっすぐ登っていく。
ルートが違う。ここは左斜めに登っていくところだ。先行組のビレイヤーにそれを伝えるが、もう左へ行くことは困難で、そのま
ま直進を採った。
 3ピッチ目:我々は正規のルートを行く。フェイスの弱点を観察しながら登っていくと適度な間隔でハーケンが続き、ルートに
間違いがないことを確信する。フリクションもよく効き快適である。しかしながら登るにつれ、ロープが重く、あと5mでビレイポ
イントのテラスだが、ハーケンが連打されているところにきたので、ここでピッチを切る。登ってきた中道氏に聞くと、「新しい
ロープがキンクする」とのこと。先日、中道氏と行った三つ峠で、従来のロープを傷めたため、買い換えたばかりなのだ。
事前にしごいておいたが、・・・と反省。
 4ピッチ目:いよいよこのルートのハイライト、スカイラインの登攀だ。這い松テラスから直ぐに稜線、ナイフエッジとなった。
適度にハーケンがあり、安心して登攀できる。高度感のある鋭い稜線をホールドに使って登っていくのは気分爽快だ。ピナ
クルにシュリンゲを回してビレイする。中道氏もヌンチャクを回収しながら稜線を登ってくる。他パーティから「かっこいいよ!!」と
声が飛ぶ。
 5ピッチ目:最終ピッチはU程度で易しい。直ぐに終了点に到着した。先行組が「美味しいところを登り損ねた!」と残念そう。
ロープを引き上げ、まもなく中道氏を迎える。ガッチリ握手。次いで後続のガイド組も登ってきた。靴を履き替えしばし休憩。
周囲の眺望を楽しむ。
 下山は、ガラガラで足をとられそうな踏み跡を下ってAフェイスの裏に向かい、25mと50mの懸垂下降をして、5・6のコルに
降り立った。この二箇所の懸垂下降は、いずれも少しトラバースしなければならないので、トップは視界の悪いとき注意が必
要と思われた。5・6のコルからガレ場を下って長次郎谷の雪渓に到着。アイゼンを着けて、こんなに登ったのか! と思うほど
下る。剣沢雪渓の出会いにて一本。中道氏が長次郎谷を見上げて「こんなところを1ピッチで登るひとなんかいませんよ」と、
今朝の登りについて、きつい一言。今度は剣沢をゆっくり登り返してテン場に戻った。この日乾杯したビールは、格別に美味
かった。

<8月12日、源治郎尾根登攀>

 計画ではこの日は「剣沢〜長次郎谷〜5・6のコル〜八ツ峰上半分縦走〜北方稜線〜剣岳〜一般道〜剣沢」であったが、
昨夕の話し合いで、諸状況からこれを中止して明日予定していた源治郎尾根をやり、一日早く下山することにした。
かくしてまたまた剣沢を下る。平蔵谷の出会いを横断すると、源治郎尾根の末端部、取り付きだ。これより剣岳の頂まで標
高差950mの岩尾根だ。これから登攀しようとする学生組の準備は指示が細かく頻繁だ。我々も登攀の準備をする。先着の
人達が次々と登っていく。学生組はルンゼコースを行った。ルンゼコースは落石の危険性があるので、我々は尾根の樹登り
コースを選択する。先行組に少し間をおいてスタートしたが、すぐに渋滞となった。ちょっとした登りで、ある先行組がロープを
出している。メンバーはロープワークの練習をしていないのだろう、手際が悪く手間取ってまったく動かない。同じパーティの
人もアドバイスもしない。その後ろのパーティは追い越せないので、じっと我慢して待っている。ようやく動き出したところ、
その後ろにいた人達は誰もロープを出さない。我々の番になった。見ると適当に樹の根や枝があり、これを使えばロープなし
で登れる。
 下部の樹登りは、面白くない。急坂であるから樹の根や枝を掴めるのはありがたいが、掻き分けたり、こぐったり、またいだり
が延延と続く。
 T峰が近くなるとようやく展望が開けた。U峰には、T峰より一度大きく下って登り返す。このU峰で、いつしか距離が開いて
いた各パーティが、大渋滞となった。30mの懸垂下降の順番待ちである。腰を下ろして周囲の展望を楽しむ。誠に眺めが良く、
昨日登った八ツ峰Y峰も目の前である。
 1時間以上も待ってようやく我々の番がきた。50mロープを二本つないで懸垂下降をしてルートに降り立つ。各組ともロープの
セット、下降、回収、始末などに時間がかかるため、これより先、各パーティは自然に距離が開き、バリエーションルートらしく
なった。踏み跡を追って登っていく、間違いやすい箇所が何箇所かあったが、最後は登山者の姿が見える中、ゴロゴロした岩
を登って、12時30分、剣岳の祠の前に到着した。右手を伸ばして大きく振って、中道氏とバーン! と握手。この日のビールも
やはり美味かった!!

<コースとタイム>
10日:室道(9:35)−雷鳥沢キャンプ場(10:05-10)−剣御前小屋(12:10-15)−剣沢キャンプ場(12:50/テント泊)
11日:剣沢テン場(4:40)−剣沢雪渓に降りる(5:00)−長次郎谷出合(5:30)−八ツ峰Y峰
    Cフェイス剣稜会ルート取り付き(7:05-40)−同ルート登攀−Cフェイスの頭(11:00‐30)−5・6のコル (12:45)−長次郎谷
    −剣沢−剣沢テン場(16:00)
12日:剣沢テン場(4:45) −剣沢雪渓に降りる−源治郎尾根取り付き(5:40-6:00)−T峰(9:20)−U峰(10:05-11:15/順番待ち)
    −剣岳(12:30-13:00)−前剣−剣山荘(休憩)−剣沢テン場(16:35)
13日:剣沢テン場(6:30)−剣御前小屋(7:20-30)−雷鳥沢キャンプ場−室道(10:00)


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